エクトル先生
Posted at 07/04/21 PermaLink»
エクトル先生の話。
先生は旅人で20代はずっと世界を回ってきた人だ。
アフリカ、アジア、アメリカ、南米、etc.
僕の旅したところは全て周っていて、その時僕が何をしていたのかも云わなくても分かってくれる人だ。
僕がメキシコでどんな旅をしてきたのかも
地名から人柄からか、全てお見通しのようだ。
先生は次、僕がどこへ行くのかを知っていた。
そしてその方法とスキルを得るためにグアテマラではなく
オアハカを選んだこともよく分かっている。
そして先生はスペイン語の先生なだけではなく
僕の旅のガイドでもあった。
先生はそれに必要な情報と方法とスキルを全て惜しみなく
僕に与えてくれている。
ふと、考えたらビックリした。
たまたま出会った人が
必要な全てをもっていたのだ、惜しげないサラッとした姿に
ナカナカ僕が気づくことはなかった。
クラスに新しい子が入ってきて
僕がドギマギすれば何も云わずに次に日にはクラス換えをしてくれた。
僕の下らないプライドさえ良く分かっていて
「おまえは吸ってばかりで育ちが悪いから、あの子が汚れる!」
みたいなことを云ってくれた。
本当は、学もあり英語もペラペラで僕とは正反対の子に
僕が臆してしまう心を持っていることを良く分かっているのだ。
おかげでノビノビ何でも聞けるし間違っても話せる。
伝えたいことを伝えられる。
先生の話を聞けば聞くほど
俺の話とリンクした。
よくよく考えたらオアハカ周辺で周ったところは
みな先生に教えてもらったところばかりだった。
ガイドブックならぬまさにガイドマンだ。
僕は伝えることは出来るが、どうしても外国語を話せるようにはならない。
きっと今大切なのは当たり障りの無い会話なのではなく、
何がしたいか何をほしってるか、そういうことなので無駄話が出来ないのだ。
きっとそこで暮らすのなら僕は話せるだろう。
ホントに欲したものしか手には入らないものだ。
確かに外人ツーリストとの世間話が一番億劫だ、
時間つぶしのおしゃべりは意識が遠のくから。
今週いっぱいで先生とはお別れする、先生が休暇に入ってしまうからだ。
お別れするには丁度いい時期だ。
僕には行く場所がある。
先生には何でも話が出来る不思議なことだ。
選ぶ必要がないのだ、悪いこともいいこともいつも笑いあって話せる。
旅人特有の広さとでも云おうか?
僕はある場所を目指している、そこに行くにはもっと能力が必要だと感じていた。
それにはスペイン語がもっと必要だと思った。
なぜなら情報を得たり方法を得たりするのは
やはり多少とも語学は必要だからだ。
先生と出会い、今必要なものが全て手に落ちてきた。
だから今すごい上がっている。
風が背中を押してきた。
スペイン語を学び、どうにかしてそこに行くつもりだった。
呼ばれてようが呼ばれてなかろうが。
けど、どうする必要も今は無い。
このまま歩むだけだ。
いつも旅してるとき進んでるとき、
旅しようとしてる時、進もうとしてる時
そこにはガイドがいた。
ガイドが現れた。
旅に入る、ガイドがおのずとやってくる。
気付く、進む、その繰り返しでここまでやって来た。
その間には苦しかったことも沢山あったが
やはり苦しみは、登る山。息切れはするが、
山頂の景色は素晴らしい。
そしてまた苦しみの地へ下るだろう。
けどまた登れば良い
山頂に行きたいと思えばシェルパーが現れガイドが現れ
持てない物を持ってくれたり
道案内をしてくれる
心強さを忘れたくない、苦しみに甘んじてると
俺は忘れてしまうのだ。
今、先生がいる。
心強い。
素敵なビーチも素敵な山も素敵な人も出会わせてくれた。
準備が出来たら出発
まだしばし時間はある。
さっもうちょっと訓練だ。
見えた直感。
正月ピラミッドには登れないか?
その前に行く場所がある。
仲間という名のガイドたち
ありがとう。
背負ってくれたり案内してくれたり
おかげでここまで来れた。
嫌いな授業も今は楽しみだ。
もうすぐ始まる次の旅。
エクトル先生の話を書こうと思ったが
やっぱり自分の話になってしまった。
まーよしよし。